今の私は東京と京都とどっちにも執着を感じている。……飛入り者の私にとっては京都はまことに静かなところである。それに反して東京へ帰ると私は家庭の人間となり、複雑な近親関係の中に身を置くことによって計らぬ煩わしさや悩みが生じてくる。……「才能」にとっては京都の生活が願わしいが、「性格」にとっては東京の生活も欠きがたいというのが私の真実である。……
哲学者がどこに住むかということはその哲学におのずから反映される。……東京と京都。私は私の思索にあって、内容に東京の豊富さを、形式に京都の静けさを、おのずから反映させることができれば幸(さいわい)だと思う。
九鬼周造(1991)『九鬼周造随筆集』(菅野昭正編)p.99-103, 岩波文庫