2017年3月31日金曜日

宮沢賢治の理念:現状を理想化した「イーハトーヴォ」の普遍性

宮沢賢治の詩の多くが心象スケッチとよばれ、外で出会った事物のひとつひとつを機縁として心中にうかんできた印象をかきとどめるという形をとったのと同じく、人についても彼は自分の出会う人それぞれをとおしてその個性の延長線上の交錯において架空の理想郷をくみたてた。シロウトをあつめて演劇を試みるという点ではロッセリーニに似ているが、ここでくわだてられるのはネオ・リアリズムではなく、ネオ・アイディアリズムの方法である。

このようにして、自分の今いる状況を理想化するという方向は、宮沢の作品の世界では、「イーハトーヴォ」というシンボリズムに結晶する。イーハトーヴォというのは、賢治たちの時代の貧しい現実の岩手県を機縁として、その個性的なマイナスをすべてプラスにかえてつくられた理想郷の姿であり、それは理想郷であるかぎり、時間も空間もこえ、あらゆる物、動物、人種がそこに来て住むことのできるような普遍性を獲得している。

 鶴見俊輔(1999)『限界芸術論』p.61, ちくま学芸文庫