人類が作成した最初のデーターベースは「天の前兆」集成だった。もちろん現在の天文学や気象学につながる先駆的な観測資料ともいえるが、それ以上にこの記録は天気予報ならぬ「森羅万象予報」の材料として途轍もない重要情報とみなされてきた。……したがって、どの文明圏でも天の前兆観測のために大規模な施設が築かれたのは当然であろう。……
本書でも強調されているように、天に前兆をみつけだす天文博士の叡知の基本は、「無秩序の事象から秩序ある法則をみちびく」ことである。……これを〈連想思索〉とでも呼ぼうか。いくつかの絶対的前提からスタートし、あとは連想ないし想像の力にまかせて関係性の連鎖をつくりだす方法である。……
しかし、われわれの世界を執拗に覆っている無秩序や偶然は、なお頑迷に解読を許さない。そこで登場する実践的な知的作業が「観相術」と呼ばれるものである。……好例が雲の形だろう。どう見てもランダムに形成される意味のない雲だが、これを見立てて、馬の形、とか、キリストの顔の形、というふうにパターン認識してしまうのだ。換言すれば、意味をもたせてしまうのだ。……
この観相的能力について、昨今では大きな関心がもたれはじめており、そもそも人間の知覚自体このような見立てによって成立していると考える方向も出てきつつある。美学面で話題となる「チャンス・イメージング(偶然に生まれる図像)」もその一例だろう。雲と同じく、元来意味もなく生じたインクの染みや自然石の形から、意味のあるイメージをさぐりあて、やれ「烏帽子岩」だの「寝姿岩」といったネーミング、またはロールシャッハ・テストなどが実践されている。これらの作業と、天の文(もん)すなわち天にあらわれた無意味な印を読み解く作業は、いうまでもなく古代的叡知の同一線上にある事例なのである。結局のところ、天文博士の権威と、かれらの奏する警告がもつ信憑性とは、すべてその連想力の精緻さ、説得性、ならびに現象との一致性に依拠するほかにないのである。
ヴェルデ,ジャン=ピエール(1992)『天文不思議集』 (荒俣宏監修 , 唐牛幸子訳)日本語版監修者序文(p.1-4), 創元社.