2018年5月7日月曜日

日本人の創造性:生活に密着した芸術

学問の世界において、どうすれば創造性を発現できるのか。私は自分自身に向かって、この問をくりかえし発してきた。そして、いろいろな角度から、この問に対する部分的な答えをあたえようと試みてきた。その中のひとつとして、私たちが日本人であるという角度からの接近がある。……日本人の創造性を問題にする場合には、学問の世界に話を限ってしまうわけにはいかない。長い歴史の中で日本人が創造性を発現してきたのは、学問よりはむしろ芸術の世界においてであったことは、誰の目にも明らかであった。それどころか、学問とか芸術とかいう狭い意味の文化活動だけを、日本人の生活一般の中から切りはなして取り出すことさえ適切でないのである。一口に日本文化といわれるものの中で、日常生活と密着した部分の占める比率が異常に大きいことは、伝統的な家具・調度の類や庭園などを思い浮かべるだけで、ただちに納得されるであろう。生活の芸術化とでもいうべき傾向が、日本文化の重要な特色のひとつでもあったのである。

 湯川秀樹・上田正昭(1971)『日本文化の創造』p.1-2(湯川氏によるまえがき), 雄渾社.

2018年1月4日木曜日

数学・天文学者の芸術性:人間的不幸と「天体の諧音」

天文学的一群は、世俗的事柄とは没交渉で、だからこそ、非人間的な題目の上にも没頭出来るというものです。その点、天文学者はどこか芸術家と共通しています。二十世紀最大の数学者とも云われているヒルベルトは、ある時、人から「彼はどうして数学者にならずに、詩人になってしまったのでしょうか」と訊ねられて、「たぶん数学者になるには想像力が欠けていたのでしょう」と答えたと云います。……

凡そ現世的な事柄に対して、常に不幸な、且つきわめて贅沢な関係に置かれているのでなければ、何人も、ある対象を一般人とは全く別様に眺めるなどいうことは出来ません。ましてそれを美的に、抽象的に、それともアイロニカリーに表現するなんて思いもよらない話でしょう。この作業に携わるための資格としては、人間的に意味における貧しさと寂寥、一般現実性への失格、迎合的な自己再編成への断念等々が要請されます。こうして自ら悲惨でないための手段は、さしあたり芸術に没頭することです。しかし、現実としての芸術の営みは、その長所よりもむしろ欠点の方が目立ち易い。これに我慢が出来なくて彼らは、敢て自ら選んだ「人なき道」にあっても、詩歌にはたよらないで、数学的記号を採用したのだと考えられます。……天体を相手にするのは、各自の選択及び決意性にもとづくことであり、これによって彼は、天文学以外の諸可能性を排除して、あえて自身を宿命の下に置きます。日常性に対して虚無的にあるほど人は童話の天文学者になりがちです。シバの女王から去ったバルタザールが櫓(やぐら)にこもって、星の研究に耽るではありませんか!でも彼は、以後では、酒盃など手にしなかったことでしょう。……

モーツァルトは、作曲のための条件をゲーテから質問されて、「程良いごちそうの夕食後の散策」を挙げています。Z項で有名な木村栄博士は、晩酌と宝生流の謡曲を愉しんでおられたと聞いています。天文学には、このように何か無政府的性格があります。神経質でもいい、やりッ放しでもいい。只欠くことの出来ないのは根気でしょう。……

僕はある時、天文年鑑を披いていて、各国の彗星発見者が申し合わしたように夭折していることを知って、不思議な気持に襲われました。……これらは一体何事でしょう。初めて望遠鏡を天体に向けたガリレオの晩年の失明と合わせて、すべてこれらは、許されざる界域を敢て窺ったがための懲罰でしょうか?僕は次のようにみたいのです。天文学者のある者には、常人が夢にも知らない遼遠な消息に触れることがあるのだと。ーーそういうわけだから、もしも彼らの生涯が何かオッドな、不幸な、孤立したものだと考える者がいたとすれば、それは飛んでもないことだ。天文学者らがそれを意識していたかどうかは別として、ともかくある恵まれた短時間中にあっては、未来的な、言説に絶した或者への凝視のために、彼らの心境は澄んで、悠々たるものがあったのでなければならない。「それは偉い学者か哲人の耳にしか聞えない」とピタゴラス派が言っている天体の諧音を、彼らは聴いたのです。

 稲垣足穂(1979)『僕の“ユリーカ”』p.19-41, 第三文明社.

2017年9月30日土曜日

詩情(ポエジィ):有限の中で無限を見る想像力

王陽明だったか誰だか忘れたが、三軍の賊を破っても、自分の心の中にある賊は中々に破れるものではないと……、その通りだ。自分の心の底に潜匿して居る慾火を打ち消し、何事も力で解決しようとする我執の念を吹き飛ばすことの不能な間は、役に立たぬ、下らぬ口をきくものではあるまい。……

それよりも、この有限の世界に居て、無限を見るだけの創造的想像力を持つようにしなくてはならぬ。この種の想像力を、自分は、詩といって居る。この詩がなくては、散文的きわまるこの生活を、人間として送ることは不可能だ。……

……それを、労働者が手を動かし、足を動かすというところを関係づけて、そこにポエジィを見ることができたら、まあ、労働者は助かるですね。これを日本にあてて考えてみると、俳句というものがある。俳句をやる人はそこに詩情を見て、十七文字にまとめることができるだろうと思うですね。そうすると、大工さんがコンコンやっておる、鉋(かんな)でけずる、というところに十七文字の詩情がわけば、この普通の労働、この機械的な反復のほかに、いちいちの鉋の動き、鋸の動きに、いうにいわれぬ詩情、今のポエジィを感ずるとすると、これだけの仕事を何時間やって、どれだけの給料をもらうんだという、交換条件を何も入れないでですね、ただ、こうやっておることだけに妙を感じて、十七文字で表現することのできるものを、手足を動かす人が感じられたら、その労働の世界というものは、まったく変わってしまうだろうと思うです。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.238-242, 岩波文庫.

※本文では「妙」に傍点あり

やわらぎ

やわらぎは生の感覚である。生命は柔らかなものに宿る。死は、こわばる、直線になる、不思議の力はもはやそこから出なくなる、見ただけのものでしかない。……

やわらぎということが、日本人全体の性格でないかと思うのである。十七条憲法の「以和為貴」の「和」は“やわらぎ”であって“わ”ではない。わというと何かその頃の政治的背景を聯想させるようなものがあるが、あるいはそれもあったかも知れぬが、仮名づけはやわらぎであってわではない。太子は仏教徒で、仏教徒の趣味はやわらぎであるから、三宝を篤敬せられる太子は自らやわらぎを第一とせられたのではなかろうか。……

女の作った仮名文学の性格はやわらぎで尽きている。漢字の硬いのに比べると比較にならぬほど柔軟性に富んでいる。日本の気候は湿気で支配されているというが、気候だけではない、日本の自然の景物は何れもそのせいで、一種の潤いと柔かさをもっている。日本人の性格はこれに養われて出来た点が多いと思う。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.232-234, 岩波文庫.

※本文では「やわらぎ」「わ」に傍点あり、読みやすさのため一部に“”を使用

古いものへの親しみ:人間は「過去」から出て来る

新しいものには何もなく、かどがとれぬ。時代を経るということは、とげとげしさを消磨させる意味になる。古いというただその事実が、その物に対して何かしら親しみを覚えさせる。人間は「過去」から出て来るのであるから、自らその出処に対するあこがれを持つ。未来に対してもあこがれを持つが、まだ踏みも見ぬ天の橋立で、一種の危惧がある、これが希望である。過去には危惧はない、とにかく通って来たので、このあこがれには望みはないが親しみはある。……

新しいものには奥行がない、何もかも目に見えるだけである。古いものは、これに反して、深味を持っている。この深味に不思議がある、この不思議が人の魂を引きつける。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.230-231, 岩波文庫.

東洋の「自然」:一元的な「そのまま・あるがまま」

自分は漢学者でないので、決定的な話はできぬが「自然」のはじめて用いられたのは、老子の『道徳経』で「道は自然に法(のっと)る」とある。この「自然」は「自(おのずか)ら然る」の義で、仏教者のいう「自然法爾(じねんほうに)」である。他からなんらの拘束を受けず、自分本具のものを、そのままにしておく、あるいはそのままで働くの義である。松は松のごとく、竹は竹のごとくで、松と竹と、各自にその法位に往するの義である。……

西洋のネイチュアには「自然」の義は全くないといってよい。ネイチュアは自己(セルフ)に対する客観的存在で、いつも相対性の世界である。「自然」には相対性はない、また客観的でない。むしろ主体的で絶対性をもっている。「自己本来に然り」という考えの中には、それに対峙して考えられるものはない。自他を離れた自体的、主体的なるもの、これを「自然」というのである。それで道は自然に法りて存するというのである。

西洋のネイチュアは二元的で「人」と対峙する、相剋する、どちらかが勝たなくてはならぬ。東洋の「自然」は「人」をいれておる。離れるのは「人」の方からである。「自然」にそむくから、自ら倒れて行く。それで自分を全うせんとするには「自然」に帰るより外にない。帰るというのは元の一になるというの義である。

「自然」の自は他と対峙の自ではない。自他の対峙を超克した自である。主客相対の世界での「自然」でない。そこに東洋の道がある。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.217-218, 岩波文庫.

2017年9月4日月曜日

かたち:物を形成する有機体の共存、その瞬間的定着

私にとって『かたち』とは、一口にいえば『物とその集まり』であるともいえようか。『物』とは、たとえば円とか正方形とか平行線などの、もはや人間の生活にはまり込んでしまったかに思われる日常的な形態をさす。これらの素朴な形態のなかにかつて人間がこめた信仰が失われ、幾何形態がその存在理由を失いかけたとき、同時に人間はその視点を新しい世界に向けてひろげていた。そして、われわれの視点がより微視や巨視の世界にはいりこむとき、意外にも、生命の根源として群がりいきづいているそれらの『物』たちを、再び見いだしたのだ。空気のようにまといつくあの日常性は、より微細な底深い次元で、新しい人間的なものへの契機をはらんでいたのである。

しかし私には、それらの『物』たちを一つだけとり出し『かたち』としてながめることには興味がない。たちまち、死んだ物と化してしまうからだ。集合体のなかで、同質の他のものとの断層を観察することにこそ、意味があると思うからだ。

単なる細胞たちが異なる有機体を構築するように、個体差を形成する根源的なものの探究。逆に、個性的な微妙に変化するそれらの『物』たちが共存し、闘争しあうダイナミズムーーこの二つの間をさまようことが私の課題である。

私にとって『かたち』とは、とどまることを知らぬこの循環作用の、瞬間的な定着なのである。

 臼田捷治(2010)『杉浦康平のデザイン』p.76-77, 平凡社

2017年6月3日土曜日

言葉のニュアンス

言葉というものは、その言葉が最も頻繁に使われる文脈において、その文脈のもつニュアンスを身に着けるものです。

 “教えて!goo” に投稿された質問「『ラディカル』という言葉の使い方について」への回答より引用,〈https://oshiete.goo.ne.jp/qa/1742068.html〉2017年6月3日アクセス.

2017年5月12日金曜日

無知=未知が見えなくなること

ロラン・バルト(714夜)が早々にあきらかにしたように、無知というのは知識の欠如なのではなく、知識に過飽和されていて、未知が見えなくなったり、新たな未知を受け入れることができないことを言う。狭隘になった知性が無知なのだ。

 松岡正剛(2017)アメリカの反知性主義(千夜千冊1638夜)

2017年4月23日日曜日

限界芸術と妙好人:果てしない反復による民芸の美

限界芸術にたいする関心が、宗教とむすびついて発展するもう一つの例を、柳宗悦の思想に見ることができる。……仏教への関心は、妙好人への関心を中心とする。僧侶ではなく信心のあつい平信徒としての妙好人は、どんなあつかいを世間からうけてもよろこんでうけいれ、いつもたのしく毎日をくらしている。彼は、他人を批判する権利をすて、自分の個人的意志をはたらかすことのないような無心な生き方をしている。このような妙好人の信仰が、もっともすぐれた雑器を生みだす。すぐれた雑器をつくる職人たちについて書く文章は、妙好人について書く文章とほとんと同じことを言っている。

「彼等は多く作らねばならぬ。このことは仕事の限りなき繰返しを求める。同じ形、同じ模様、果しもないその反復。だがこの単調な仕事が、酬(むく)いとしてそれ等の作をいや美しくする。かかる反復は拙き者にも、技術の完成を与える。長い労力の後には、どの職人とてもそれぞれに名工である。その味なき繰返しに於て、彼等は技術をすら越えた高い域に進む。彼等は何事をも忘れつつ作る。……そこに見られる美は驚くべき熟練の所産である。それを一日で酵(かも)された美と思ってはならぬ。あの粗末な日々の用品にも、その背後には多くの歳月と、飽くことなき労働と、味けない反復とか潜んでいる。粗末に扱われる雑具にも、技術への全き支配と離脱とがある。よき作が生れないわけにゆかぬ。彼等の長い労働が美を確実に保証しているのである。」(柳宗悦「工芸の美」一九二七年)

 鶴見俊輔(1999)『限界芸術論』p.39-47, ちくま学芸文庫