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2018年5月7日月曜日

日本人の創造性:生活に密着した芸術

学問の世界において、どうすれば創造性を発現できるのか。私は自分自身に向かって、この問をくりかえし発してきた。そして、いろいろな角度から、この問に対する部分的な答えをあたえようと試みてきた。その中のひとつとして、私たちが日本人であるという角度からの接近がある。……日本人の創造性を問題にする場合には、学問の世界に話を限ってしまうわけにはいかない。長い歴史の中で日本人が創造性を発現してきたのは、学問よりはむしろ芸術の世界においてであったことは、誰の目にも明らかであった。それどころか、学問とか芸術とかいう狭い意味の文化活動だけを、日本人の生活一般の中から切りはなして取り出すことさえ適切でないのである。一口に日本文化といわれるものの中で、日常生活と密着した部分の占める比率が異常に大きいことは、伝統的な家具・調度の類や庭園などを思い浮かべるだけで、ただちに納得されるであろう。生活の芸術化とでもいうべき傾向が、日本文化の重要な特色のひとつでもあったのである。

 湯川秀樹・上田正昭(1971)『日本文化の創造』p.1-2(湯川氏によるまえがき), 雄渾社.

2017年9月30日土曜日

やわらぎ

やわらぎは生の感覚である。生命は柔らかなものに宿る。死は、こわばる、直線になる、不思議の力はもはやそこから出なくなる、見ただけのものでしかない。……

やわらぎということが、日本人全体の性格でないかと思うのである。十七条憲法の「以和為貴」の「和」は“やわらぎ”であって“わ”ではない。わというと何かその頃の政治的背景を聯想させるようなものがあるが、あるいはそれもあったかも知れぬが、仮名づけはやわらぎであってわではない。太子は仏教徒で、仏教徒の趣味はやわらぎであるから、三宝を篤敬せられる太子は自らやわらぎを第一とせられたのではなかろうか。……

女の作った仮名文学の性格はやわらぎで尽きている。漢字の硬いのに比べると比較にならぬほど柔軟性に富んでいる。日本の気候は湿気で支配されているというが、気候だけではない、日本の自然の景物は何れもそのせいで、一種の潤いと柔かさをもっている。日本人の性格はこれに養われて出来た点が多いと思う。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.232-234, 岩波文庫.

※本文では「やわらぎ」「わ」に傍点あり、読みやすさのため一部に“”を使用

2017年2月6日月曜日

才能・能力とは:モノから「引き出す」力

一錐、二鉋、三釿。どう読むだろうか。一キリ、二カンナ、三チョウナと読む。チョウナは手斧のことをいう。この順に数奇屋大工は道具をものにしていくという教えやコツをあらわした言葉だ。……道具は手につたわる重さによって出来がちがうというのだ。……しかしカンナひとつにも多様な刃が工夫されていて、いまは写真に並んでいるような台カンナばかりが知られているが、たとえば槍カンナと棹カンナではまったく別物のようなのだ。それを大工は鮮やかに使いこなしていったのだ。

そこに業物(わざもの)が生まれる。名人・達人・鉄人がこよなく偏愛した道具たちである。業物は刀剣も含んだ。そして、そのようにすぐれた道具をもってすぐれた業(わざ)を発揚することを「才能」とか「能力」と言った。「才」とは木材や石才に宿っている力のことを言い、それを引き出す技や業が「能」だったのである。……つまり才能とか能力とかは、アタマやカラダや知能にそなわっているものではなく、素材や道具にそなわっているものを引き出せる仕業のことだったのである。大工道具たちにはその能力がギラリと光っている。

 松岡正剛(年号不明)「百辞百物百景——コンセプト・ジャパン100 022 能力」『週刊ポスト』小学館

2016年9月30日金曜日

伝説と児童:子供によって語られてきたもの

伝説は、今までかなり久しいあいだ、子供ばかりを聞き手にして話されておりました。もっとも大人もわきにいて聞いてはいるのですが、たいていはおさらいをするおりがないために、子供のようにながく記憶して、ずっと後になってからまたほかの人に話してやるほどに、熱心にはならなかったのであります。……どんな老人のおしえてくれる伝説にも、かならずある時代の児童が関係しております。そうしてもし児童が関係をしなかったら、日本の伝説はもっと早くなくなるか、またはおもしろくないものばかり多くなっていたにちがいないのであります。……書物には大人に聞かせるような話、大人が珍しがるような話が多いのでありますが、今ではこのなかからでないと、昔の児童の心持ちを、知ることはできぬようになりました。国がぜんたいにまだ年が若く、誰でも少年のごとくいきいきとした感じをもって、天地万物をながめていた時代が、かつて一度は諸君のあいだにばかり、つづいていたこともありました。書物はまわりまわってそれを今、ふたたび諸君に語ろうとしているのであります。……日本は昔から、児童が神に愛せられる国でありました。道祖(さえ)も地蔵もこの国にわたってきてから、おいおいに少年の友となったのは、まったくわれわれの国風にかぶれたのであります。子安姫神の美しく尊いもとのお力がなかったら、代々の児童が快活に成長して、集まってこの国を大きくすることもできなかったごとく、児童がたのしんで多くの伝説をおぼえていてくれなかったら、人と国土との因縁は、今よりもはるかにうすかったかもしれません。その大きな功労にくらべるときは、私のこの一冊の本はまだあまりに小さい。今に出てくる日本の伝説集はもっとおもしろく、またいつまでも忘れることのできぬような、もっとりっぱな学問の書でなければなりません。

 柳田国男(1969)『日本の伝説』 p.152-171, 角川学芸出版.