2017年9月30日土曜日

詩情(ポエジィ):有限の中で無限を見る想像力

王陽明だったか誰だか忘れたが、三軍の賊を破っても、自分の心の中にある賊は中々に破れるものではないと……、その通りだ。自分の心の底に潜匿して居る慾火を打ち消し、何事も力で解決しようとする我執の念を吹き飛ばすことの不能な間は、役に立たぬ、下らぬ口をきくものではあるまい。……

それよりも、この有限の世界に居て、無限を見るだけの創造的想像力を持つようにしなくてはならぬ。この種の想像力を、自分は、詩といって居る。この詩がなくては、散文的きわまるこの生活を、人間として送ることは不可能だ。……

……それを、労働者が手を動かし、足を動かすというところを関係づけて、そこにポエジィを見ることができたら、まあ、労働者は助かるですね。これを日本にあてて考えてみると、俳句というものがある。俳句をやる人はそこに詩情を見て、十七文字にまとめることができるだろうと思うですね。そうすると、大工さんがコンコンやっておる、鉋(かんな)でけずる、というところに十七文字の詩情がわけば、この普通の労働、この機械的な反復のほかに、いちいちの鉋の動き、鋸の動きに、いうにいわれぬ詩情、今のポエジィを感ずるとすると、これだけの仕事を何時間やって、どれだけの給料をもらうんだという、交換条件を何も入れないでですね、ただ、こうやっておることだけに妙を感じて、十七文字で表現することのできるものを、手足を動かす人が感じられたら、その労働の世界というものは、まったく変わってしまうだろうと思うです。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.238-242, 岩波文庫.

※本文では「妙」に傍点あり

やわらぎ

やわらぎは生の感覚である。生命は柔らかなものに宿る。死は、こわばる、直線になる、不思議の力はもはやそこから出なくなる、見ただけのものでしかない。……

やわらぎということが、日本人全体の性格でないかと思うのである。十七条憲法の「以和為貴」の「和」は“やわらぎ”であって“わ”ではない。わというと何かその頃の政治的背景を聯想させるようなものがあるが、あるいはそれもあったかも知れぬが、仮名づけはやわらぎであってわではない。太子は仏教徒で、仏教徒の趣味はやわらぎであるから、三宝を篤敬せられる太子は自らやわらぎを第一とせられたのではなかろうか。……

女の作った仮名文学の性格はやわらぎで尽きている。漢字の硬いのに比べると比較にならぬほど柔軟性に富んでいる。日本の気候は湿気で支配されているというが、気候だけではない、日本の自然の景物は何れもそのせいで、一種の潤いと柔かさをもっている。日本人の性格はこれに養われて出来た点が多いと思う。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.232-234, 岩波文庫.

※本文では「やわらぎ」「わ」に傍点あり、読みやすさのため一部に“”を使用

古いものへの親しみ:人間は「過去」から出て来る

新しいものには何もなく、かどがとれぬ。時代を経るということは、とげとげしさを消磨させる意味になる。古いというただその事実が、その物に対して何かしら親しみを覚えさせる。人間は「過去」から出て来るのであるから、自らその出処に対するあこがれを持つ。未来に対してもあこがれを持つが、まだ踏みも見ぬ天の橋立で、一種の危惧がある、これが希望である。過去には危惧はない、とにかく通って来たので、このあこがれには望みはないが親しみはある。……

新しいものには奥行がない、何もかも目に見えるだけである。古いものは、これに反して、深味を持っている。この深味に不思議がある、この不思議が人の魂を引きつける。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.230-231, 岩波文庫.

東洋の「自然」:一元的な「そのまま・あるがまま」

自分は漢学者でないので、決定的な話はできぬが「自然」のはじめて用いられたのは、老子の『道徳経』で「道は自然に法(のっと)る」とある。この「自然」は「自(おのずか)ら然る」の義で、仏教者のいう「自然法爾(じねんほうに)」である。他からなんらの拘束を受けず、自分本具のものを、そのままにしておく、あるいはそのままで働くの義である。松は松のごとく、竹は竹のごとくで、松と竹と、各自にその法位に往するの義である。……

西洋のネイチュアには「自然」の義は全くないといってよい。ネイチュアは自己(セルフ)に対する客観的存在で、いつも相対性の世界である。「自然」には相対性はない、また客観的でない。むしろ主体的で絶対性をもっている。「自己本来に然り」という考えの中には、それに対峙して考えられるものはない。自他を離れた自体的、主体的なるもの、これを「自然」というのである。それで道は自然に法りて存するというのである。

西洋のネイチュアは二元的で「人」と対峙する、相剋する、どちらかが勝たなくてはならぬ。東洋の「自然」は「人」をいれておる。離れるのは「人」の方からである。「自然」にそむくから、自ら倒れて行く。それで自分を全うせんとするには「自然」に帰るより外にない。帰るというのは元の一になるというの義である。

「自然」の自は他と対峙の自ではない。自他の対峙を超克した自である。主客相対の世界での「自然」でない。そこに東洋の道がある。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.217-218, 岩波文庫.

2017年9月4日月曜日

かたち:物を形成する有機体の共存、その瞬間的定着

私にとって『かたち』とは、一口にいえば『物とその集まり』であるともいえようか。『物』とは、たとえば円とか正方形とか平行線などの、もはや人間の生活にはまり込んでしまったかに思われる日常的な形態をさす。これらの素朴な形態のなかにかつて人間がこめた信仰が失われ、幾何形態がその存在理由を失いかけたとき、同時に人間はその視点を新しい世界に向けてひろげていた。そして、われわれの視点がより微視や巨視の世界にはいりこむとき、意外にも、生命の根源として群がりいきづいているそれらの『物』たちを、再び見いだしたのだ。空気のようにまといつくあの日常性は、より微細な底深い次元で、新しい人間的なものへの契機をはらんでいたのである。

しかし私には、それらの『物』たちを一つだけとり出し『かたち』としてながめることには興味がない。たちまち、死んだ物と化してしまうからだ。集合体のなかで、同質の他のものとの断層を観察することにこそ、意味があると思うからだ。

単なる細胞たちが異なる有機体を構築するように、個体差を形成する根源的なものの探究。逆に、個性的な微妙に変化するそれらの『物』たちが共存し、闘争しあうダイナミズムーーこの二つの間をさまようことが私の課題である。

私にとって『かたち』とは、とどまることを知らぬこの循環作用の、瞬間的な定着なのである。

 臼田捷治(2010)『杉浦康平のデザイン』p.76-77, 平凡社

2017年6月3日土曜日

言葉のニュアンス

言葉というものは、その言葉が最も頻繁に使われる文脈において、その文脈のもつニュアンスを身に着けるものです。

 “教えて!goo” に投稿された質問「『ラディカル』という言葉の使い方について」への回答より引用,〈https://oshiete.goo.ne.jp/qa/1742068.html〉2017年6月3日アクセス.

2017年5月12日金曜日

無知=未知が見えなくなること

ロラン・バルト(714夜)が早々にあきらかにしたように、無知というのは知識の欠如なのではなく、知識に過飽和されていて、未知が見えなくなったり、新たな未知を受け入れることができないことを言う。狭隘になった知性が無知なのだ。

 松岡正剛(2017)アメリカの反知性主義(千夜千冊1638夜)

2017年4月23日日曜日

限界芸術と妙好人:果てしない反復による民芸の美

限界芸術にたいする関心が、宗教とむすびついて発展するもう一つの例を、柳宗悦の思想に見ることができる。……仏教への関心は、妙好人への関心を中心とする。僧侶ではなく信心のあつい平信徒としての妙好人は、どんなあつかいを世間からうけてもよろこんでうけいれ、いつもたのしく毎日をくらしている。彼は、他人を批判する権利をすて、自分の個人的意志をはたらかすことのないような無心な生き方をしている。このような妙好人の信仰が、もっともすぐれた雑器を生みだす。すぐれた雑器をつくる職人たちについて書く文章は、妙好人について書く文章とほとんと同じことを言っている。

「彼等は多く作らねばならぬ。このことは仕事の限りなき繰返しを求める。同じ形、同じ模様、果しもないその反復。だがこの単調な仕事が、酬(むく)いとしてそれ等の作をいや美しくする。かかる反復は拙き者にも、技術の完成を与える。長い労力の後には、どの職人とてもそれぞれに名工である。その味なき繰返しに於て、彼等は技術をすら越えた高い域に進む。彼等は何事をも忘れつつ作る。……そこに見られる美は驚くべき熟練の所産である。それを一日で酵(かも)された美と思ってはならぬ。あの粗末な日々の用品にも、その背後には多くの歳月と、飽くことなき労働と、味けない反復とか潜んでいる。粗末に扱われる雑具にも、技術への全き支配と離脱とがある。よき作が生れないわけにゆかぬ。彼等の長い労働が美を確実に保証しているのである。」(柳宗悦「工芸の美」一九二七年)

 鶴見俊輔(1999)『限界芸術論』p.39-47, ちくま学芸文庫

「妙」ということ

「妙」ということについては、去年の夏ハワイで東西哲学者会のあったときに話したことでもあるが、柳君は美ということをいうが、私のほうでは妙といいたい。この妙ということが東洋思想というか、東洋感情というか、そういう東洋的なものをもっともよく現していると思う。……

この妙という字も今は女へんを書くが、昔の字をみると玄へんで玅と書いてある。そこでこの妙という字は元は玄という字と関係があったのではないか。語原学的にも玄という字の意味を調べなくてはならないが、天地玄黄などといって天は黒く地は黄色というが、玄という字には黒いということではなしに、「かすかである」という意味、天が黒いというのではなく、天は遠くしてかすかで、なんだか見分けがつかない、すなわちあれこれと形容のつかぬものをいうのではないか。……さらに前にあげた妙という字も、これといってきちんと指定できる形を持ったものではなく、いうにいわれぬ、なんだか曖昧模糊のうちに何か感ずるものがある。それを妙といいたい。……

妙というやつはこの無意識から出る。その無意識は阿頼耶識(あらやしき)をも突き破ったものである。心理学的な無意識から出るのでなくして、形而上学的無意識から出る。そこに妙がある。……さらにいうならば、無意識ということは、無我でありその無我から妙が出てくる。それは妙な言葉の使い方かもしれないが、形而上学的感情でいうと何か知的なものが入るようになるから、形而上学的感覚といったほうがよいかもしれんが、怒ったとか、笑ったとか、泣いたとかいうようなこと、すなわち感情にはまだ我が入っている。笑う、怒るというときには、何かそこに突き当たるものがなければいけない。感覚というと、痒いなら痒い、痛いなら痛いといってすぐ手をひっこます、ということには我が入っていない。……

そこで美術のほうについてこのことをいってみると、芸術ではテクニックということをいうが、そのテクニックでも、単にテクニックだけではだめで、その熟練がいくらあっても妙というものはそこから出てこない。そこにやはり形而上学的無意識というものが働かんといかん。そこから出るものを妙と、こういうが、柳君の美というものも、そこから出てきたものでなければ美といえないのではないか。……よく芸術家はそのものになりきれという。これは西洋でもいうが、いわゆる芸術家なるものは、なかなかそのものになりきれないという。そのテクニックに、とらわれ過ぎる点が多いのではないかと思われるが、それを乗り越えないと、本当の美が出てこないのではないか。その点いわゆる芸術家の作品よりは、そういうものを意識しない民芸的なものに、かえって無意識の表現の可能性を、よけいもっていると思うし、妙の働きが見える。一本の線を引いてもちょっと手をあげても、指さしても、そこに妙が出てくる。妙は指そのものにあるのでなくして、指なら指、手なら手をあげたところの裏に、ひそんでいるものを、手を通して、指を通してみるろころに在るのである。……本当の美にはある意味ではteleology(目的論)があってはいけないんで、目的があったらその意識がくっついて出るから我というものが出る。そうすると妙は出てこない。……

また禅で仏に逢っては仏を殺し、祖に逢っては祖を殺すとか、仏様を殺して犬に喰わせてしまえなどというが、これは symbol を壊せということなのだ。美術のほうでもいろいろと symbolize しているわけだから、その symbol を壊してしまい、その壊したその上に超 symbol を見ればよいのだが、とにかく一ぺんは symbol を壊さなければいかん、そしてその上にものを見る。……そこで柳君は美という字を使っているが、私はこの妙という字が、なにか東洋的なものの真髄を現しているように思えるし、仏教でほかに不可得とか難思議などといってみるが、それではどうも知的な臭いが残るので、そういう言葉より、妙のほうが何も考えないで、そして積極的ないい表し方ではないかと思う。……

近頃バイブルを見ていて、ふと左の句に突き当たった。
 "And God saw everything that he had made, and, behold, it was very good."(創世記、第一章)
この平凡な very good が「妙」である。このグッドは善悪の善でもなく、好醜の好でもない。すべての対峙をはなれた絶対無比、それ自身においてある姿そのものなのである。「妙」はこれに外ならぬ。雲門のいわゆる「日日是好日」の好である。またエクハルトの "Every morning is good morning" の good である。またこれを「平常心是道」ともいう。この最も平常なところに、最も「妙」なるものがあるのではないか。……

眼で見て耳で聞く、何の不思議もないわけだが、そうでない、大いに不思議がある。それは不可得底だ。ここにめざめなくてはならぬ。言語学や解釈学や論理学や哲学というものは、この不思議ならざる、平常底にほかならぬ。感覚や知性の裏づけをしている不思議・不可得・無所得・究竟地––自分はこれを妙という––ここに契合するところがなくてはならぬ。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.100-106, 120, 岩波文庫.

地獄と極楽:”自ら” 往来するところ

地獄は集苦の停留所といわれるが、認識論的に見れば、言語・文字・分別・意識・概念・分析の隠所にほかならぬ。人間が自分で造り自身で行くところなのである。他人に罰せられて、罪の償いをする監獄ではないのである。……

極楽というは、言語・分別などいうものが、それぞれに適当な役割を果たして、それ以外の領域に侵入することをせぬようになり、そこではじめて安心のできる家郷が見つかる、それを極楽という。もしこれに反して、極楽が仏典に説くようなところであったらば、それはむやみに分別をすてよというので、人間は一日もいたたまれぬ。……

極楽往来の人々は、往生の刹那にまた娑婆に来るか、地獄の真中にとび込んで、いたずらなる分別の、苦悩に煩わされ、日夜に責められる精神病者の救済に、没頭するのである。そうしてこの地獄なるのも、娑婆以外に存在しない、娑婆そのものの又の名でしかないのだ。極楽の永住の土では、決して決してないのである。

それからまた知っておかなければならぬのは、文字や分別の世界を超越するところに、極楽があるように考える人も多かろう。すなわち娑婆を遠ざかること、西方十万奥土に極楽が在ると思い定める人もあろう。が、この超越とか、隔絶とかというのは、豎超ではなくて、横超であることを忘れてはならぬ。そうしてこの横なるものは、横ざまに飛び出るの義でなくして、その中に飛び込むの義なることを忘れてはならぬ。……「横」に出るだけでなくして、その横ばいが、直ちにもとの途へ向かい還るのである。……もう一ぺんいいなおせば、元どおり、本具の人間性に還ることである。「還ること」が大事なのである。仏にならないで、仏になりきらないで、もとの凡夫になることである。禅者のいう「平常心是道」である。それは何かといえば、飢えては食らい、渇しては飲むことである。疲れたら寝て、起きたら働くことである。……

大人は小児の心を失わずといい、また天国は赤子のごとくにして、始めて入ることを許されるというが、それはただの赤子になるのではない、大人の赤子である。分別を具えた無分別である。迷い迷いての後に出来た、大人の赤子である、古桶の底を抜いてしまってからの赤子である。……極楽参りをなしおえたものは、ただのこのままのものでない。地獄へも天堂へも、大手をふって出入自在底の無依(むえ)の閑道人(かんどうにん)である。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.91-93, 岩波文庫.

機械化と創造性の対立:自殺か、自活か

孔子の弟子の子貢というのが旅行しているとき、一人の農夫が田に働いているのを見つけた。その人は、畠に水をやるのに、掘った井戸へ下りて行って、バケツに水を充たし、それから、それを持ち上げて、畠へ持って行って、野菜に必要な水をやっていた。その都度の労力というものは、並々ならぬのである。子貢は見かねて、そのお百姓さんに語りかけた。
「君、それは容易ならぬ労働だ。はねつるべといわれるのを、君はまだ聞いていないか。それを使うと、今の仕事などは、立ちどころに出来てしまう。それを使いたまえ。」
これを聞いたお百姓さんは、
「それは、どんなものか。」
と尋ねた。そこで子貢は、その構造を説明して、よくわかるようにしてやった。お百姓いわく、
「それは、わしも知らぬことはない。しかし機会というものを使うと、機心というものが出る。それは力を省いて、功を多くしようとする心持だ。わしはそれが嫌だ。結果を考えて仕事をやるということは、功利主義である。この考えが胸中に浮かぶと、心の純粋性が乱れる。これは道に反する。ものに制せられるということは、わしの好まぬところだ。」……

近代文明が、滔滔として、オートメーション時代に向かって驀進しつつあるとき、はねつるべの話は、大分、縁遠いようである。が、この話のうちに、東洋的なるものと西洋的なるものとの交渉が潜んでいることを忘れてはならぬ。……

法則・機械・必至・圧迫などという一連の思想、そうして、これと正反対の思想……人間・創造・自由・遊戯自在、これらが、どういうふうに協調していけるか、あるいは、また、どうしても協調していけぬか。自殺か、自活か。これがいろいろの形で、歴史の上に現れてくる。近代は、これが、ことに著しい厳しさをもって、われらに臨んできている。

 鈴木大拙(1997)『新編 東洋的な見方』(上田閑照編)p.136-139, 岩波文庫.

2017年4月13日木曜日

シンローグ・ポリローグ的創作:固有の作者の不在

ところが情報論的な世界においては「固有の作者」は成立しにくい。確かに辿っていけば誰がインターネットを作ったのかとか、LINUXのOSは誰が作ったのかとかいった「起源」があるにしても、進化の仕方そのものは一人の神によって管理されているわけではありません。……

こういう創作のあり方を川田順造はかつて「シンローグ」及び「ポリローグ」という概念で説明しました(川田順造「口頭伝承論」(一)『社会史研究』2/日本エディタースクール出版部)。作者が一人で語る「モノローグ」、受け手と対話しながら語る「ディアローグ」に対して「シンローグ」「ポリローグ」では固有の作者はもういません。「シンローグ」とは昔話が人々が集まる座の中で、そこにいる一人一人の即興の語りの相互作用の中で昔話が語られる、というものです。しかし「シンローグ」は座に居あわせた互いに顔見知りの人間たちが彼らが共有している昔話を「再現」するのに対して、「ポリローグ」は、街中や広場において、それぞれが勝手に発話している喧噪状態を言うのです。しかし、その喧噪は無秩序ですが、そこに不定型でゆるやかな一つの物語がやがて生成する可能性もあるのです。かつて川田のこの議論を読んでもぼくはピンときませんでしたが、LINUXのことを知ると、とてもよくわかります。LINUXは「シンローグ」及び「ポリローグ」の水準の「創作」なのです。

 大塚英志(2004)『物語消滅論——キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』p.150-151, 角川書店

芳子のシューソカリ:「私であること」の苦悩に対する薬

学生たちによく言うのですが、近代小説を読むと主人公たちが「頭痛がする」とよく言っている。漱石だってずっと「頭が痛い」と言っているだろうと。なんで頭が痛いのかというと要は「私である」ことに悩んでいるからです。先ほどの『蒲団』のヒロイン、芳子なども「神経過敏で、頭脳が痛くって仕方がない時」に飲む「シューソカリ」という薬を持っています。頭痛薬が大量に売られるようになったのはあの時期ですね。荒俣さんのお弟子さんが、そんな研究をしていたはずです。つまり、頭痛薬を飲むと「私であること」の問いがおさまってしまう人もいて、文学を読まなくてはおさまらない人間もいて、しかし「文学」を読んだりだらには書かなければおさまらない人間たちもいた。いってしまえば文学はシューソカリ、今で言ったらソラナックスやディプロメールといった向精神薬みたいなものです。そういった文学の役割をどの小説が果たしていくのか、そこが問題なのだと思います。

  大塚英志(2004)『物語消滅論——キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』p.163-164, 角川書店

2017年4月8日土曜日

生きている = 水っぽい

生物がなぜ水っぽいかというと、水の中では、化学反応が活発に起こるから。……一方、人工物が乾いているのは、その逆です。化学反応が起こってもらってはこまるからです。湿っていると長持ちせず、すぐに壊れてしまいます。つまり鉄なら錆びるし、木製品なら腐ります。……

生物は水が主成分です。その水がしなやかな膜で包まれたものが生物です。……つまり生物は基本的には水の詰まった皮袋なのであり、水っぽくてプヨプヨとやわらかなのです。……

生物は、外から加わる力に抵抗するに当たって、しなやかさを武器とします。柳に風。竹に雪折れなし。力が加わっていたら、しなやかに変形して、力をいなしてしまいます。……私たちだってそうですね。机の角に引っかかっても、皮膚が変形しますから、するっと通り抜けられます。……ところが人工物はそうではありません。力が加わっても、ほとんど変形せずに、大きな力であれ小さな力であれ、まともにその力に抵抗します。鉄もコンクリートも、皆そうです。……

生きているとは水っぽいということです。そして水っぽければやわらかくしなやかで、自分の力で動きまわったり、まわりの風や流れの力を受けて揺れ動きます。死ねば水気が失われ、硬く動かなくなります。

 本川達雄(2011)『生物学的文明論』p.119-128, 新潮社

2017年3月31日金曜日

宮沢賢治の理念:現状を理想化した「イーハトーヴォ」の普遍性

宮沢賢治の詩の多くが心象スケッチとよばれ、外で出会った事物のひとつひとつを機縁として心中にうかんできた印象をかきとどめるという形をとったのと同じく、人についても彼は自分の出会う人それぞれをとおしてその個性の延長線上の交錯において架空の理想郷をくみたてた。シロウトをあつめて演劇を試みるという点ではロッセリーニに似ているが、ここでくわだてられるのはネオ・リアリズムではなく、ネオ・アイディアリズムの方法である。

このようにして、自分の今いる状況を理想化するという方向は、宮沢の作品の世界では、「イーハトーヴォ」というシンボリズムに結晶する。イーハトーヴォというのは、賢治たちの時代の貧しい現実の岩手県を機縁として、その個性的なマイナスをすべてプラスにかえてつくられた理想郷の姿であり、それは理想郷であるかぎり、時間も空間もこえ、あらゆる物、動物、人種がそこに来て住むことのできるような普遍性を獲得している。

 鶴見俊輔(1999)『限界芸術論』p.61, ちくま学芸文庫

芸術について:生活の中に広くある美的経験

芸術とは、たのしい記号と言ってよいだろう。それに接することがそのままたのしい経験となるような記号が芸術なのである。もう少しむずかしく言いかえるならば、芸術とは、美的経験を直接的につくり出す記号であると言えよう。ここでさらに、美的経験とは何か、が問題になる。結論から先に言えば、美的経験とは、もっとも広くとれば、直接価値的経験(それじしんにおいて価値のある経験)とおなじひろがりをもつものと考えられる。一つの例をあげて言うと、直接価値的経験とは、労働をとおして食費をかせぐという間接価値的経験の結果えられた「食事をする」という経験である。……

それにしても、飯を食うという行為は、美的経験だろうか。……すでにデューイの私的しているように、毎日の経験の大部分は美的経験としてたかまってゆかない。このために、美的経験としてとくに高まって行く経験だけを、狭い意味での美的経験と呼ぶことにする。……美的経験として高まってゆき、まとまりをもつということは、その過程において、その経験をもつ個人の日常的な利害を忘れさせ、日常的な世界の外につれてゆき、休息をあたえる。また、経験の持主の感情が、その鑑賞しつつある対象に移されて対象の中にあるかのように感じられる。……

依然として、美的経験は、かなりひろい領域をもっている。われわれの毎日のもつ美的経験の大部分は、芸術作品とは無関係にもたれるものと言ってよい。部屋の中を見るとか、町並を見るとか、空を見るとかによって生じる美的経験のほうが、展覧会に行って純粋に芸術作品と呼ばれる絵を見ることで生じる美的経験よりも大きい部分を占める。日本の家の構造ではラジオの流行歌やドラマがひっきりなしに入ってくるから、これらの大衆芸術作品による美的経験はかなり大きい部分を占めるとしても、やはり友人や同僚の声、家族の人の話などのほうがより大きな美的経験であろう。

 鶴見俊輔(1999)『限界芸術論』p.10-13, ちくま学芸文庫

2017年3月22日水曜日

土地柄による哲学的影響

今の私は東京と京都とどっちにも執着を感じている。……飛入り者の私にとっては京都はまことに静かなところである。それに反して東京へ帰ると私は家庭の人間となり、複雑な近親関係の中に身を置くことによって計らぬ煩わしさや悩みが生じてくる。……「才能」にとっては京都の生活が願わしいが、「性格」にとっては東京の生活も欠きがたいというのが私の真実である。……

哲学者がどこに住むかということはその哲学におのずから反映される。……東京と京都。私は私の思索にあって、内容に東京の豊富さを、形式に京都の静けさを、おのずから反映させることができれば幸(さいわい)だと思う。

 九鬼周造(1991)『九鬼周造随筆集』(菅野昭正編)p.99-103, 岩波文庫

2017年3月20日月曜日

自分の態度ひとつですべてが思索の材料を提供してくれる

私はもちろん思索と読書の外に自分勝手な時の費し方もしている。しかし浪費されたかのような時間は実は間接に思索と読書とを助けていることを知っている……私は時たま芝居を見たり映画を見たりするとかなり強い感動とかなり貴重な教示とを受ける。来たためにつまらないことをしたという感じは、ほとんど一度もしたことがない。かえってもっと時々来ようと考える。二、三日気まぐれな旅をしても、一夕を酒の肴に浸っても、またと換えがたい体験をする。自分の態度ひとつですべてが思索の材料を提供してくれる。

 九鬼周造(1991)『九鬼周造随筆集(菅野昭正編)p.45, 岩波文庫

2017年3月9日木曜日

天文学史上最も美しい夜:天空を見上げた人間の想像性

直立歩行を始めた人間が空を見上げたその瞬間から、1609年12月のある夜が訪れるまで、人間はすべて大空の前で平等だった。その夜、ガリレオは天文学者として初めて天体に望遠鏡を向けた。天文学史上最も美しい夜が訪れたのだ。このガリレオの夜以前、知性に違いはあっても、夜空を見るために人が使えるのは、その人が持つ肉眼だけだった。しかしそのガリレオ以前、すなわち、望遠鏡という科学的な研究手段を手にする以前でさえ、天文学を数学に次ぐ精密科学だとした者は存在していた。一方、天空を観察して、神話を作り上げた者もいる。そういった神話は、往々にして取るに足りない伝説、昔話、民話のたぐいに成り下がってしまった。また、農業、航海、気象に関する法則を経験的に編み出した者もいる。空を見て単に夢想する歓びを引き出した者もいる。彼らはみんな天空のおかげで、想像力を豊かにし、自分の可能性をひろげた。

 ヴェルデ,ジャン=ピエール(1992)『天文不思議集』 (荒俣宏監修 , 唐牛幸子訳)p.21, 創元社.

「見立て」の観相術:天文を読み解くための古代的知的作業

人類が作成した最初のデーターベースは「天の前兆」集成だった。もちろん現在の天文学や気象学につながる先駆的な観測資料ともいえるが、それ以上にこの記録は天気予報ならぬ「森羅万象予報」の材料として途轍もない重要情報とみなされてきた。……したがって、どの文明圏でも天の前兆観測のために大規模な施設が築かれたのは当然であろう。……

本書でも強調されているように、天に前兆をみつけだす天文博士の叡知の基本は、「無秩序の事象から秩序ある法則をみちびく」ことである。……これを〈連想思索〉とでも呼ぼうか。いくつかの絶対的前提からスタートし、あとは連想ないし想像の力にまかせて関係性の連鎖をつくりだす方法である。……

しかし、われわれの世界を執拗に覆っている無秩序や偶然は、なお頑迷に解読を許さない。そこで登場する実践的な知的作業が「観相術」と呼ばれるものである。……好例が雲の形だろう。どう見てもランダムに形成される意味のない雲だが、これを見立てて、馬の形、とか、キリストの顔の形、というふうにパターン認識してしまうのだ。換言すれば、意味をもたせてしまうのだ。……

この観相的能力について、昨今では大きな関心がもたれはじめており、そもそも人間の知覚自体このような見立てによって成立していると考える方向も出てきつつある。美学面で話題となる「チャンス・イメージング(偶然に生まれる図像)」もその一例だろう。雲と同じく、元来意味もなく生じたインクの染みや自然石の形から、意味のあるイメージをさぐりあて、やれ「烏帽子岩」だの「寝姿岩」といったネーミング、またはロールシャッハ・テストなどが実践されている。これらの作業と、天の文(もん)すなわち天にあらわれた無意味な印を読み解く作業は、いうまでもなく古代的叡知の同一線上にある事例なのである。結局のところ、天文博士の権威と、かれらの奏する警告がもつ信憑性とは、すべてその連想力の精緻さ、説得性、ならびに現象との一致性に依拠するほかにないのである。

 ヴェルデ,ジャン=ピエール(1992)『天文不思議集』 (荒俣宏監修 , 唐牛幸子訳)日本語版監修者序文(p.1-4), 創元社.

2017年3月5日日曜日

ランと人類の退行:ヒエラルキー高位故の脅威

自然界にいるランは、あきらかに退行したと思われる、微細な無数の種子をまき散らすだけで満足している。……生命の歴史をたどればかならず退行的な傾向にゆきあたるし、人類も人類の文明もやはりそれをまぬがれてはいない。……

近代人と同様に、ランも、永続的な「支え」や特殊な環境がなければ、存続してはいけないだろう。だいいち、もう光合成を捨ててしまって、腐植土のうえで菌類のような生活をしているものさえいる。生物のヒエラルキーの高位に到達したランは、人間と同様に、安易につくという危険に脅かされているのだ。つまり、植物学者が「寄生的退行」と呼び、道徳家が「居候的生活」と呼んでいるような傾向だ。……

要するにランは、熱帯林や、地中海地方のガリッグや、アルプスの芝草型草原や、スカンンジナビアという、さまざまに異なる環境で生活するためにいかに適応するかという、ぼくらと同じ問題をかかえている。エネルギーの均衡と食性を問いなおす、クロロフィルの喪失のような重大な事故には、いかに対処したらよいか?いかにしたら、セックスパートナーの特殊化と貞節から受けるあきらかな恩恵を維持しながらも、いずれは致命的なものになりかねない完全な依存状態に陥らないでいられるだろうか?どうしたら、個体数を調整し、バースコントロールをして、無制限な繁殖をまぬがれることができるか?いかにしたら、ぼくらが既得権と呼んでもよいようなそれ以前の進歩をたえず疑問に付す、不幸な退行的傾向を避けることができるだろうか?ランたちは、これほどたくさんの問題に答えざるをえなかったし、これほどたくさんの挑戦に応じてこざるをえなかったのだ。

 ジャン=マリー・ペルト(1995)『恋する植物』(ベカエール直美訳)p.44-46, 工作舎.

2017年2月23日木曜日

自然と道徳:自然のなかで生きる人間の役目

フェティシズムというのは、性欲を自然の対象からそらして他のものに向ける、リビドーの逸脱のことだ。といっても自然は、目的を、つまりここでは受粉を達成するや、逸脱なんかに用はなくなる。自然は、「自然の法則」——結婚における生殖を目的とした男女の結びつき——に一致したと見なされるもの以外はあらゆる性の表現を非難する、かつての道徳家の一見論理的な論法を、背面から攻撃しているわけだ。それに、重箱の隅の隅までほじくるような道徳専門家の決疑論者たちに、自然なものとそうでないものとを区別する才があるなどとは、信用できるものではない。

そもそも自然は、自分にとってまったく意味をなさないそんな微妙な区別など気にもしないだろう。自然が発明するものはみな、当然ながら自然なものなのだから。そのうえ、自然の想像力には限りがないので、自然的なものの領域にも限界がない。あらゆる可能性のあいだに、たとえば、ビクトリア王朝的諸時代にもてはやされた厳格な態度が生む危険と、退廃期(デカダンス)につきものの腐敗の危険とのあいだに、最良の均衡を見いだすことこそ、人間の役目なのだ。各人が、何が自分にとって良いことで、しかも他人にとっても悪くないことかを、自覚せねばならない。自然にはうまい口実があり、そのおかげで、あらゆる態度、あらゆる経験、あらゆる大胆さ……さらにはあらゆるエゴイスムを正当化できる。だからといって自然は、人間が、精神と心と肉体の、つねに危うく、つねに脅かされた調和のなかで、また、その風習や文化の豊かな多様性のなかで、賢明に自らを築きあげてゆくことを免除したりはしないだろう。

 ジャン=マリー・ペルト(1995)『恋する植物』(ベカエール直美訳)p.30-31, 工作舎.

2017年2月6日月曜日

才能・能力とは:モノから「引き出す」力

一錐、二鉋、三釿。どう読むだろうか。一キリ、二カンナ、三チョウナと読む。チョウナは手斧のことをいう。この順に数奇屋大工は道具をものにしていくという教えやコツをあらわした言葉だ。……道具は手につたわる重さによって出来がちがうというのだ。……しかしカンナひとつにも多様な刃が工夫されていて、いまは写真に並んでいるような台カンナばかりが知られているが、たとえば槍カンナと棹カンナではまったく別物のようなのだ。それを大工は鮮やかに使いこなしていったのだ。

そこに業物(わざもの)が生まれる。名人・達人・鉄人がこよなく偏愛した道具たちである。業物は刀剣も含んだ。そして、そのようにすぐれた道具をもってすぐれた業(わざ)を発揚することを「才能」とか「能力」と言った。「才」とは木材や石才に宿っている力のことを言い、それを引き出す技や業が「能」だったのである。……つまり才能とか能力とかは、アタマやカラダや知能にそなわっているものではなく、素材や道具にそなわっているものを引き出せる仕業のことだったのである。大工道具たちにはその能力がギラリと光っている。

 松岡正剛(年号不明)「百辞百物百景——コンセプト・ジャパン100 022 能力」『週刊ポスト』小学館

2017年1月16日月曜日

星野道夫の世界観:「人に伝えられないこと」が人生

昔はね、子供が病気で死ぬのは珍しくなかった。子供が死ぬと親は大変なショックを受ける。あの子の人生はなんだったんだろうって思うわけです。子供が死ぬかもしれないことを共有している社会では、子供が本気で遊んでいると、このまま遊ばせておこうか、となるんですよ。ほっといてやろうと。この子の人生、いつ終わるかわからないんだから。好きにさせる。僕らが子供の頃は、生命というのは思うようにならないものでした。子供がめったに死ななくなったでしょう。そうすると、子供は大人の予備軍でしかなくなる。これくらいの教育を受ければこれくらいの学校に入って、これくらいの生涯賃金で、老後は……とすべてが将来の準備になってしまう。しかも、暗黙のうちに、自分の生命まで自分のものだと誤解されるようになってしまった。……

今はすべて情報化です。つまり伝達可能なものが主流を占めるということ。伝達可能なものを突き詰めれば、それは本物じゃないコピーです。……しかし現実を見れば、現物はどうしたって同じではない。必ずズレます。そのズレや違いを発見するのが感覚。……動物にも脳はあるけれど、「同じ」にくくる能力はほとんど持たない。感覚だけで生きていますから。感覚が何かといえば、違いがわかるということです。人間が言葉で伝達できるのは、本来は違うかもしれないものを同じものとしてひとくくりにする能力ががるからです。星野さんがやろうとしたことは、その対極にあることでしょう。アラスカで感覚を開いて、言葉になる以前のものを見ようとしたし、聞こうとした人です。だからああいう写真が撮れるんです。こういう質問をしてもいい。「人には伝えられないこと」に人生があるのか、それとも「人に伝えられること」に人生があるのか。ほとんど時間をスマホに使っている人は、「人に伝えられること」が人生だと思ってますよ。それはね、生きそびれることです。……

星野さんがアラスカに行って、フィールドに出かけていって、そこで人に伝えられるかどうかは難しい経験をした。それこそが人生なんですよ、しかも伝えられるかどうかたいへん難しいことを文章にし、写真に撮った。創造性とは、本来そういうことです。

文学というものはもともと、伝達可能性の限界を追っていたものです。「こんなことが伝えられるとは思わなかった」ということを伝えるものだった。それが文学の創造性です。その大事な部分はかなり死んでしまった。……まさかこんなことが人に伝えられるようなものになり得るとは思わなかった、というように言葉が使われるのが本当の言葉の創造性です。もうそれは諦めちゃったんじゃないですか。表現できないことを表現しようとしているとは思っていないと思う。星野さんが表現しようとしたことは、そういう伝達可能性の限界なんですよ。

 養老孟司(2016)「星野道夫の世界観を語る」,『BRUTUS』2016年9月号, p.62, マガジンハウス

2017年1月15日日曜日

稲垣足穂:タルホが放つ都会の遊星的郷愁

 「 ある夕方
 
   お月様が

   ポケットの中へ

   自分を入れて

   歩いていた 」


稲垣足穂ほどオブジェ的な趣向に徹して、文芸の工芸細工化を試みた作家は、昭和にはいなかった。その趣向は少年期に見聞体験したものに発し、それを独自の文体で磨き上げて別物にまで高めていくところにあった。こうしてプロペラ飛行機、ボギー電車、六月の都会の夜、星の瞬き、天文学、水晶、弥勒菩薩、存在の裏地、半ズボン、パンツ、お尻、男色的スリル、サーカス、壊れた機会、ジオラマ、置き去りのオブジェ、能楽、薄明の妖精たちが、タルホ認定の工芸作品に仕上がっていった。……

あえて思いきって言うのなら、タルホは1923年に『一千一秒物語』を書いたとき、デヴィッド・ボウイの何たるかを先取りしていた。ぼくはそう見てきた。そういう人なのだ。ダダイストや未来派がやりたかったこと、ハイデガーが問いたかったこと、ハイゼンベルクが不確定性原理で説明したかったこと、サイケデリックアートが訴えたいこと、観音寿夫が挑みたかったこと、そんなことはとっくに見通していた。

なぜタルホがそういう人でありえたのかといえば、まったくお金や名誉と無縁であり、自分のことを口腔から校門に向かってチューブが通っている円筒人間にすぎないとみなし、少年も文芸も官能もできるかぎり抽象的であるべきだと確信していたからだった。そして、どんな美しさも「フラジャイルで儚いもの」として表現することを選んできた。

最近の日本では、やたらに浮ついたグローバルな人材が期待されているようだが、ぼくは、あの三島由紀夫・土方巽・澁澤龍彦にとって”聖者”であった稲垣足穂こそが、都会のシルエットをまるごと遊星的郷愁とみなせるグローバルな感性の持ち主だったと言いたい。

 松岡正剛(2016)「BOOKWARE 」,『SANKEI EXPRESS』2016年1月24日, p.12, 産経新聞社

「いのり」と「ねがひ」

「いのり」が抽象だとすれば、「ねがひ」は具体である。「いのり」が無人称であるとすれば、「ねがひ」は人称的である。「いのり」がプロフェッショナルだとすれば、「ねがひ」はどこかアマチュア的だ。

 松岡正剛(年号不明)「百辞百物百景——コンセプト・ジャパン100 071 希(ねが)う」『週刊ポスト』小学館